オムニヴォア

書くために読んだもの。読むために書いたもの。2016.10.2より。読書の記録を中心に、日々の潜考の記録。いつか自分の本を1冊でも出すのが夢です。オムニヴォア(Omnivore = 1.雑食(性)動物 2.知識欲旺盛な人)

この本で語られる「酒」や「酒造り」は、そっくりそのままあなたの夢に置き換えて読んでいくことができる、生き方の指南書のような本だ ~ 純米酒を極める / 上原浩

 

純米酒を極める (知恵の森文庫)

純米酒を極める (知恵の森文庫)

 

 ただただ感銘を受けました。元は酒に詳しくなりたいという思いで開いた本ですが、偉大な先輩に酒を通じて人生を教えて頂くことになろうとは。真面目にモノを作ることの難しさと素晴らしさが存分に語られています。何かに行き詰りを感じている方には、打開のためのヒントを得られるのではないでしょうか。肝心の酒については、私には難解で半分も理解できなかったのですが、ある程度知識のある人であれば、とても楽しめる内容なのでしょう。本当に読んで、出会えて良かった一冊です。美味しい純米酒を飲んで、故人である作者を偲びたいと思います。 

純米酒を極める (知恵の森文庫) まっささんの感想 - 読書メーター

 

もうちょっと深堀る: 僕はもちろん「書くこと」に置き換えた

 

 日本酒の歩き方を知りたい。それがきっかけだった。

 最近どんな酒より日本酒が美味しくて、もっと深く知りたいなと思い、Kindleストアで「日本酒 解説」などのキーワードで検索して、いつものように適当にぽちぽちサンプルをダウンロードした中の一冊がこの本だった。
 
 他の本は、日本酒は元々神の酒なんて言われててねー、縄文時代まで遡れるんだよー、というテンションで書かれている中、本書は全く雰囲気が異なる文体だった。酒は成分を数値化したものが全てではない。あくまで人間の持つ官能で計られるべきものなのだ!というフレーズが叩きつけられる。
 
官能、ときましたか。

 

私は闘争心を失わない限り、この国の日本酒が復権するまで尽力する。みたいな文章も。
 
闘争心、だと? 
 
どこまでもゴツゴツとした感触で、演説を聞いているような文体だ。
 
 これ日本酒のうんちく本だよね?と一度確認したくなるが、間違いなく全ページ日本酒のことが書かれている。書き殴られている。純米酒こそが日本酒と呼ぶにふさわしい、という立脚点から、いかにこれを伝統産業として復活させていくか、という内容だ。
 
全て読み終えて後から知ったが、作者はすでに故人で、Wikipediaによれば「生前は『日本酒界の重鎮』、『生き字引』とも言われた」とのこと。あの"夏子の酒"にも、この方をモデルにしたキャラクターが登場するという。僕は全く存じ上げなかったが、その道で知らぬ人はいないという方だったのだろう。酒を語る迫力が恐ろしいほどだ。前情報なくしても、なんだかとてもすごい人の本を開いてしまったぞと、「官能」で十分に理解ができた。 

 純米酒のことを一般人向けに易しく書いたというこの本であっても、残念ながら僕は半分も理解できなかった。

が、途中から「純米酒」を「本」、「酒を造ること」を「文章を書くこと」と置き換えれば、得るものは多かった。良い酒を作ることを目標とし、それを生業とする。それを志す者が備えるべき心構えや覚悟。この本にはそれが書かれている。人生の大先輩が、親身に読者一人ひとりの目を見て言葉を尽くしてくれている。そういう本だ。
 
 日々研究と実践を続ける努力。消費者が何を求めているのかを正確に見抜く眼力。決して安易なごまかしなどするなと言う。今の時代の消費者は、物が足りなかった戦中戦後の消費者とは異なる。物が溢れる世の中だからこそ、本物が欲しい。生産性や効率を追求するあまり、品質や伝統を軽んじてはいけないのだと。酒造りには、造り手の本性がにじみ出る。最後に物を言うのは人間力だ。情熱を内に宿して、研鑽、努力を重ねるしか良い酒を造る道はないと説かれている。
 
 こういう話もあった。美味い酒が完成するプロセスは、造った本人ですらも説明できないことがあると。気候や蔵の環境、酒米の状態、酵母の活動条件などが無限大に組み合わさって完成するのが酒であるから、それを科学的に条件を割り出していくのは不可能である。要は職人の勘だけが頼り、ということらしい。戦後直後から宮仕えの公務員として、工場試験場等で50年以上酒を研究し、数多くの蔵で技術指導を行ってきた「日本酒界の重鎮」が、結局頼りになるのは人間の官能だ、と仰るわけで。言うまでもなく、こういった部分は、そっくりそのまま「酒」を「本」に置き換えて読むことができる。「映画」でも「陶芸」でも「木工」でも、モノ作りであればなんでも置換可能だ。
 
 以前どこかで、一本の小説を自動的に書き上げてしまう人工知能のことを読んだ記憶があるが、その人工知能が「これは紛れもなく小説である」と認識できるテキストを書くことはできても、多くの人の心を打つ本物の物語は、やはり人間にしか書けないだろう。むしろそれができる人工知能ならば、逆説的に彼を人間として認めないといけないだろう。本当に美味い酒を造るには、工業技術が再現できない「人間の勘」を用いなければ造ることができないのとするならばそういうことになる。「人間」を真剣に追求しなければいけない。「人間のようなもの」との境界線が、どんどん希薄になっていく時代に生きているからこそ。
 

 では、具体的にはどうしたらいいだろう。

と、疑問が生まれているところから「人間」の追求が始まっているんだろうけど、さてはともかく。本書の作者は、同じ環境、同じ工程で造った2つの酒の片方だけが奇跡的に美味い酒に仕上がることがある、という例を出し、コンピューターに頼った数値至上主義では越えられない壁があるとしている。美味い酒が仕上がったという結果がある以上、そこには原因があるはずだが、まだ数値でそれを追いかけるノウハウやシステムができあがっていないということだろう。まだ「人間」が答えの1番近いところにいる。
 
だけど運良く奇跡的な酒を造りあげた当人も、自らが答えに辿り道筋を説明できないこともある。モノ作りに限らず、どうして上手くいったか説明ができないけれど上手くいったことはいった、という経験ならば誰でもあるはずだ。僕にもそんな経験があり、未だにどう扱って良いかわからないと思うことがある。
 
もう10年以上前だけど、劇団で本を書いていた時に、これは!と手応えが得られる作品を書けたことがある。役者、演出、全てがうまく回り、お客さんからのウケも良かった。僕は今、「本を出す」という目標に向かって、一旦仮決めで小説を書くことにしているが、やはりあの時の会心の一本だった台本のことが頭から離れない。
 
あの時書いたテーマは、もうあと何作か書くに耐え得る奥深さを持っているから、それをもう一度なぞることも考えた。が、実際書くために取材を始めるとこれがなかなか興が乗ってこないので、今はその線を攻めることを保留にしている。
 
はたして僕はどうするべきなのだろう。一度起こせた奇跡をさらに追求する姿勢が正しいのか間違っているのか、それがわからない。
 
 手順を一つ一つ確認したり、全く別方向のことをしたり、様々試しながら選択を繰り返すような作業だ。無限大の組み合わせから、ランダムでもなく、かといって自分でも全体を把握しきれていない、自らの意志の元に選択しているらしい何か。
 
書くしかない。書き続けるしかない。本書の作者自身や紹介される酒造関係者たちも、酒を造り続けた。未来がどうなっているかはわからないが、傑作を生み出すプロセスが解明されていない現代を生きる僕たちは、それは神様の贈り物として考えて、試行錯誤を続けるしかないだろう。
 

 ゆえに死ぬまで続けても苦にならない何かを探すべきだ。やり続けるしか道がないからだ。 

神様の贈り物を求める作業は、実はとても楽しい。素直にそう言えば身も蓋ないから照れ隠しで苦労しているふりをするけど、朝までゲームをプレイするかのように、止めろと言われても止められないことを続けるのはとても楽しい。酒が好きだから造る。文章が好きだから書く。ただそれだけのことだが、どのコミュニティや業界にも、好きでもないのにそこに参加してしまう輩が出てくる。
 
本書では、日本酒を取り巻く環境に厳しい言及が多く見受けられ、業界全体を改善するにはどうしたら良いかの提言が繰り返されている。ようするに僕の解釈では、酒に愛情を持たない連中がカネの匂いにつられて、志のない酒を世に出すな。品評会もそんな酒を評価するな、ということに要約できると思う。
 
 僕がかつて関わっていた演劇でも、面白い舞台を作りたいわけではなく、ちやほやされる自分が好き、という連中をイヤというほど見た。モノを作ることではなく、それをしている俺かっこいい、と自分に酔っている人間は稽古を真面目にやらない。人からダメ出しをされても、修正できない。いつも作品ではなく、自尊心とプライドにばかり目がいっているから、本来の努力がまるでできていない。
 
どこの世界も一緒なんだな、と、本書を読んで昔を思い出した。そしてつい顔に笑みが浮かんでしまう。
 
 何かを書いている時は、静かに次に生まれる言葉に耳を澄ます。ゆっくり丁寧に、注に消えてしまう前に言葉を固めて白紙のノートに書き記す。かと思えば、氾濫した川の流れに手を突っ込んで、一滴でも多くの水をすくい取るような時もある。なすべきことを、なすべき形でなし切ることに集中する。
 
きっと酒を造る職人たちも、同じような世界を見ながら、奇跡の一滴を求めているのではないだろうか。
 
人の生き様はかくあるべきと、本書の作者は伝えているように思える。
 

 この本が最後のページに近づくにつれ、そんな予感はしていた。

読み終えた後検索してみると、やはり作者は故人だった。こんなに痛快に熱く酒を語ってくれる人が、もうこの世にいらっしゃらないのだと思うと寂しい気持ちになった。もっとこの大先輩の語りを聞いてみたかった。講演会など拝聴すれば、さぞ勇気を頂けただろう。
 
けど同時に、本というものの良さを再認識した。作者の命の一部はこうやって保存されている。亡くなって10年以上も経って、こんな若造を奮い立たせるメッセージを送ることができているのだ。酒のことなんて全くわかっていない門外漢の素人にも、優しさが染み渡るように伝わったのだ。文章を残すということは、とても意義のあることだ。定価700円にも満たない267ページの書籍に、世代とジャンルを越えて響き合う命を吹き込める。こんな素敵なことってなかなかないと思うんだよね。