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オムニヴォア

書くために読んだもの。読むために書いたもの。2016.10.2より。読書の記録を中心に、日々の潜考の記録。いつか自分の本を1冊でも出すのが夢です。オムニヴォア(Omnivore = 1.雑食(性)動物 2.知識欲旺盛な人)

いや本当に皮肉ではなく、これが世に出た舞台裏で何があったんだろうと、すごく興味がある / ドラクエ10「アスフェルド学園」

ゲーム ドラゴンクエスト10

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「ねぇねぇ (学園は)どんな内容だった?」「そうねぇ… まあ思った通り、だったかな」

 

 

 ようやく自宅に光回線が通ったので、ドラクエ10を再開している。いま、ドラクエ10ではなんといっても「学園」こと「アスフェルド学園」がその中心だ。

 

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アスフェルド学園 ~入学案内~ (2016/10/28)|目覚めし冒険者の広場

 

 賛否両論、というか否定的な意見がとりあえず目立つ。サイレントマジョリティがどちらに傾いているかは、もう少し時間が経たないと判断できないだろう。始まる前から、「なぜドラクエで学園生活なのだ」とか「こんなもの開発しているなら、メインストーリーを充実させて欲しい」と、ユーザーの否定的な声がネット上には溢れている。僕も同じようなことを思っている一人だが、それでもちょっとした違和感というか、そこで僕自身は止まっていない。ある意味で、これはネトゲのコンテンツとしては、ものすごく正しいというか、いいネタ持ってきてくれたな、とワクワクしている。

ゲームとしての面白さで言えば、そもそもドラクエ10って最初から大したことない。

ゲーム部分に、今までのドラクエになかった新しい面白さが全くないわけではないけど、ぱっと見は戦闘がアクティブタイムなターン制で、テキストではなくキャラの実際の動きで表現されている部分くらいしかないだろう。サービス開始の時からして、「オンライン化で心配だったけど、思ったよりちゃんとドラクエしている」という、マイナスの衝撃に備えていたら、わりとプラマイゼロくらいでほっとした、という感想が多かった記憶がある。(あまりここは主として語りたい部分ではないからざっくりいかせてもらいます)

 シナリオの世界観は、9の雰囲気をベースにしながらも、新しさと奥行きの広がりを感じさせる。実際9との繋がりもある。時渡りの術など、タイムトラベルもののSF要素を真ん中に配置したり、神々の世界の階層も登場人物が豊かだったり、と、「メインストーリーが1番のごちそうです」と製作者自らが語るほどのことはある。どんでん返し要素も時折あって、まあまあ先も気になる。

が、ゲーム全体として見た時には、正直1のネタを300倍に希釈したかのような、のっぺりと薄い作業感溢れるつまらないゲームだと思う。

 しかし、それも致し方ない。月額料金1,000円のネットゲームだ。面白い、という評価よりも、長期間続けることに価値を感じるデザインにしなければいけない。プレーヤーに魅力ある体験をさせることに成功しても、1ヵ月で辞められては採算が取れない。何ヶ月も何ヶ月もかけて、達成感を小出しに提供していかなければ、ビジネスとして存続できないのだから、そりゃあ能力の高いクリエイター達が、1のネタを何倍に希釈できるかということに心血を注ぐことになるのは、当たり前の道理だ。

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校門に桜の木 そういえばドラクエ10は木々や花々といった自然の情景が美しいのが印象的だ

ではドラクエ10に魅力がないということだろうか? 全くもってそんなことはない。

少なくとも僕自身は、これからも課金し続ける価値のあるネットゲームだと思っている。

何が楽しいかと言えば、他のプレーヤーとのコミュニケーション要素や、アップデートが来る度にネット上でのあれこれ言われる状況そのものだ。ドラクエ10を「ゲーム部分のみ」で見れば、凡庸でむしろ作業感の強い悪意すら感じるゲームだけど、例えば「アスフェルド学園」のように、色々な意味でスパイシーで香ばしいコンテンツが投下された時のこの盛り上がり。「ドラクエ10という現象」は非常に面白い。僕は、ドラクエ10が引き起こす様々な事件や話題といったものを、多くの人と共有したいだけの理由でプレイを続けている。以前も記事に書いたけど、奥さんとの日々のコミュニケーションツールとしても重要な位置づけでもある。同じゲームをプレイしている者同士であれば、「つまんないねー」と言い合うことすら楽しいもんだ。 

massa-onion.hatenadiary.jp

 公式の提案広場や、ブログ記事など少しググれば、一定数のユーザーが、ネトゲであるドラクエ10にオフゲのような完成度を本気で求めているようだということが見て取れる。オフゲのように製作者が望むがまま濃い体験をプロデュースすれば正義であるコンテンツと、正反対に希釈してなんぼのネトゲに、同じベクトルの面白さを求めるのは、ユーザー側が嗜み方をわかっていないと言わざるを得ない。

 酒と肴をゲームのコンテンツ部分だと例えれば、ネトゲとオフゲでは、宴会とサシ飲みくらいにそれらの役割が違う。みんなでワイワイ盛り上がることが目的の集まりであれば、適当にビールと揚げ物がテーブルに並べば十分だ。誰も本気で酒や料理を味わおうとはしない。対して、サシ飲みや一人飲みでは、酒と肴がむしろ主役で、その良し悪しが満足度に与える影響は大きい。ドラクエ10に、本気でゲームとしての面白さを要求することは、宴会で出てきた飲み放題のワインにウンチクを垂れるのと同じような場違いさを感じる。

「アスフェルド学園」はとても正しいコンテンツだ。よくもまあ、ドラクエというデカい看板を掲げるタイトルで、ここまで無謀なことができたもんだと関心する。

皮肉でもなんでもなくて、いつか時が経った後、りっきーさんには製作裏話的なものを本に書いてほしいとすら思う。こちらの想像が全く及びつかないくらい、様々な要素が絡みに絡んで、ドラクエ10で学園RPGなんていう奇っ怪なコンテンツができあがったんだろう。いや本当に皮肉ではなく、これが世に出た舞台裏で何があったんだろうと、すごく興味がある。なんだかとんでもないものを見てしまった、見ることができてしまった。この後、ドラクエ10と「アスフェルド学園」はどうなっていくんだろう。色々な人のブログや2ちゃんねるをスレッドを読んでいるけど、まあ飽きない。これこそがネトゲの醍醐味だろう。ゲームをやっていない時間も含めて、「事件」そのものを楽しむものだ。

 とはいっても、僕自身は、ネトゲはこの1本で十分だ。本来ゲームに求めているのは、小説や映像作品では到達できない物語体験だ。なんだか、ドラクエ10の反動なのか、いわゆるシリーズ大作ものもお腹いっぱいで全くプレイする気がおきない。もうすぐ出るFF15も絶望的なまでにやる気が出ない。むしろ、海外の良質なアドベンチャーとか、インディーズのコンセプト1発勝負のタイトルに食指が動く。知らない何か、新しい体験を求めている。どんなにそれが良質であるとしても、大作シリーズの予定調和には今一歩のところで時間とお金を投資できない自分がいる。ペルソナ5もスルーしたし、やっとPS4でも出たトゥームレイダーの新作も買わなかった。BF1も職場のゲーマー仲間に誘われているけど、のらりくらりかわしている。歳を取ったというか、なんというか。

そんな自分も、「アスフェルド学園」はここまで事態が進んだ「やらかし」がどう収束、あるいは発散・紛糾していくのか、とても楽しんでいる。本当に先が読めない。奥さんなんかは、学園RPGというものに「面白い」とまで言ってないけど、なんだか止め時見つけられないね、くらいの温度感にはなっている。奥さんはこの先どんなことがあってもペルソナ4や5をプレイすることはないだろうが、ドラクエ10を通じてだからこそ、「アスフェルド学園」はプレイしたのだ。だからなんだ、という話でもあるが、ドラクエというブランドだからこそのケミストリーがそこにあるのも確かで。

 最近はオフゲにDLCという形でネトゲのような延命がなされたり、その逆だったり(それこそ「アスフェルド学園」のように下手なオフゲの1本分はあります、みたいなボリュームのコンテンツが投入されたり)で、一概にオフゲだネトゲだという二元論も成り立たないわけだけど。「アスフェルド学園つまんねー」とツイートできる状況が、すでに「アスフェルド学園」の生み出す価値のようなもの、という考え方もあるんでは?と言いたかった。本当にどうしようもない、知名度皆無のつまらないゲームだったら、つまんねーとつぶやくことすらできんからね。