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オムニヴォア

書くために読んだもの。読むために書いたもの。2016.10.2より。読書の記録を中心に、日々の潜考の記録。いつか自分の本を1冊でも出すのが夢です。オムニヴォア(Omnivore = 1.雑食(性)動物 2.知識欲旺盛な人)

スカイリムの別ブログ立ち上げた(1) / それでも間違ったゲームを触って、100時間以上無駄にするよりはマシだから

ゲーム
 昨日 2016.11.26 別ブログ「Skyrim SE Novel style diary」を立ち上げた。先日PS4発売されたスカイリムのHDリマスター版のプレイ日記を、小説風に書いていくブログなのだ。
 

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 その理由や背景などを書き残していこうかと。

  

 一定の周期でやってくる「面白いゲームがやりたいよう病」。ドラクエ10のアスフェルド学園も一段落してしまうと、次の目標(?)が見当たらなくなって、ここ1週間くらいジプシー状態だった。

 

ゲーム、読書、海外ドラマの娯楽の3本柱でも、ゲームは特別で、これがまず安定しないと、どうも日々のストレスが取り切れない。面白いゲームのルーティンが安定してこその、読書だったり海外ドラマだったり、だ。なんだか不思議なもんで、ゲームがダメなら他の2つに逃げ込めばいいのに、そうもいかない。空いた時間で溜まっているドラマでも消化すればいいのに、そういう気持ちにもなれず、「何のゲームやろうかなー」とAmazonをポチポチ検索することで1時間経ってしまったり。「やるゲームがある」という状態を作ってこその、他の趣味だ。ゲームの息抜きに他の趣味、というか。 
 
読書はそれでもまだ良い。電車に乗っている時など、自宅から離れている時は、強制的にそれしかやれることがないので、まだなんとかなる(そういえば携帯ゲーム機やスマホゲームは1年くらい触ってない)。海外ドラマに至っては、ゲームができる時とシチュエーションが被るので、こちらは「面白いゲームがやりたいよう病」の影響をもろに受ける。 
 

改めて、僕がゲームを選ぶ基準を。これはゲームに限らず、という話なんだけど。 

重要なのはコストパフォーマンスである。お金と時間をより有効に使えるか、だ。とにかく両方共リソースが限られている。ゲームの場合は、たくさんの時間を費やすことになるから、費やした先に得られるものがそれに見合わなければならない。4歳の時からゲームを始めたとすると、もうゲーマー歴34年だ。最近は、ジャンルとシステムがわかって、実際のプレイ部分が盛り込まれたプロモーション用の映像を見れば、だいたいどれくらいの時間がかかって、どういうプレイ体験を得られるのか、それなりの精度で予想がつく。 
 
結果、ほぼ全てのゲームが事前情報の収集段階で切り捨てられることになる。ここ最近何度か書いていることだけど、僕は一期一会のユニークな体験を求めている。特定のジャンルやシリーズを固定して深いところへ降りていくような傾向はない。知らなかったもの、未体験のものを探している。そんなもの、手の届く場所にそうそう置いてあるわけもなく、見つからない間は「面白いゲームがやりたいよう」とジプシーを続けることになる。それでも間違ったゲームを触って、100時間以上無駄にするよりはマシだから、ここはぐっと我慢で頑張りどころ。逆に言えば、ここまで散々間違ったからこそ、「あ、これは違う」の精度が上がったのだが、せめてその失敗を活かすためにも、ピンと来ないゲームをプレイするわけにはいかない。 
 

手の届く範囲に「面白いゲーム」が見つからないのであれば、知恵を絞って、面白さが満たないゲームを面白くプレイするための方法がないかを探す努力も必要だ。 

それほど珍しい発想ではない。例えば、一頃ブームが起きたゲーム実況なんかは、より面白くゲームをプレイするためのユーザー側の工夫だった。ゲームの孤食化が進んでいた当時、ニコニコ動画のリアルタイムで動画にコメントを流せるシステムと相性ぴったりだったのが懐かしい。
 
以前よりもずっとユーザー側から遊び方の提案する行為は有意義なものになっているだろう。インターネット以降は、動画投稿サイトやSNSの普及で、ユーザー側の工夫がよりダイレクトに作り手にも伝わるようになった。FPSなどの対戦モノ、音ゲーのような上手いプレイをどや顔してなんぼのジャンルは、ユーザーのフィードバックを最大限に生かしながらコンテンツを成長させていって、今やすっかり市場のメインストリームだ。プレイ動画というジャンルが世の中に出てきてからの、見てるだけで面白いゲームの進化っぷりは、本当にすばらしい。
 
別に退屈している本人が勝手にアレンジして遊んでいるだけだから、その世界が本人のものだけに閉じてしまっても問題はないだろうけど、せっかく見つけたアイデアだからね。一緒に面白がってくれる人がいるのであれば、それはそれでハッピーだ。年末に3DS版が出るマリオメーカーなんて、コースを投稿する機能がなかったら、今の時代ここまでは売れなかっただろう。
 
 さて、話を戻すと、今回のジプシーで僕を悩ます1つの命題があった。どうやって「書くこと」に結びつけるか、だ。
 
(その2へ続く)