オムニヴォア

書くために読んだもの。読むために書いたもの。2016.10.2より。読書の記録を中心に、日々の潜考の記録。いつか自分の本を1冊でも出すのが夢です。オムニヴォア(Omnivore = 1.雑食(性)動物 2.知識欲旺盛な人)

物を書くということに、これ以上に夢を感じる本を読んだことがない / 職業としての小説家 村上春樹

 

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

今日はいきなり深掘る:徹頭徹尾、どこを切り取っても幸せな気持ちしか込められていない。こんな本ってあるだろうか

 

massa-onion.hatenadiary.jp

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  "俺の村上春樹さんフェア"最後の本は、「職業としての小説家」である。表紙のセクシーなポートレートに目眩がしそうになりながら(まじかよ、村上さん)、じっくりと読み込んだ。それを意図したわけではないが、2015年発刊の3冊の中では最も新しい本が最後になった。この間読んだばかりの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」にも触れられていて、新しめの村上春樹だと嬉しくなる(最も年を重ねている村上春樹でもあるわけだが)。

  本書は、前回の「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011」から、ようやく"こちらを向いて話してくれる"本だ。インタビュアーとの会話を横で聞いていて、楽しみながらもただのオーディエンスでしかいられないことへのフラストレーションからやっと開放される。いつものように、自分だけに語ってくれる村上春樹の文がそこにある。図らずも、ご本人が繰り返し仰る、物語を通じて人は無意識の奥底のような場所で繋がっているという感覚をトレースさせられたのかもしれない。横で話を聞いている感覚と、自分と向き合って語られる言葉の質の違いを初めて意識的に理解できたように思う。そうか、大して気にしてこなかったけど、小説を読むってものすごく作家とパーソナルな関係性を築く作業なのだなと。インタビュー集と「できるだけ親密な口調で語りかけるという設定」のエッセイとの読み比べで、同じテーマの読み物でもこうも違うものかと発見があった。

 それ以外どういう人が読むのかわからない本だが、素直に(?)自分のように物を書くのが好きが人間が読めば、これ以上に楽しい本もないだろうと最高の読後感だった。物を書くということに、これ以上に夢を感じる本を読んだことがない。どれくらい元気付けられるかというと、僕は途中不覚にも涙が出そうになった。最初から最後まで、物を書くことについてネガティブな記述が一切ない。小説を書くことがどんなに素晴らしくて楽しいことなのか、それしか語っていない。徹頭徹尾、どこを切り取っても幸せな気持ちしか込められていない。こんな本ってあるだろうか。

 村上のアニキの「書くのが好き!」と、自分の中の「俺も書くのが大好き!」がシンクロして、急加速して、その衝撃で思わず涙まで出ちまったよ。村上春樹の本を読んで涙腺をやられたのは初めてだ。まさかこんなタイトルの本でその時が訪れるとは。

引き寄せというのはやはりあるな、と実感する。

実際に本棚から手に取って読む本、借りてくるDVDや、Amazonでぽちっとするゲームソフト。選ぶ段階ではまだわからないが、そこからこれと決めて身銭を切って手元に置いたものは、それこそが本当に自分が欲しかったものなんだと後からわかる。それがこうやって読んだ直後だったり、1年後に振り返って、ああそうだったのかと納得するものまであるが、ともあれ自分の無意識は欲しかったものをいつも正確に選んでいる。直感の正答率は9割以上だ。自分の意思で引き寄せたとは思えなくても、実はそうなるように自分で働きかけていることって、自分が意識している以上にあるはずだという気がする。

 これからも「1冊本を出すために」という生活は続くわけだが(まだ始まったばかりだ)、その生活をやり抜くに当たってたくさんの役立つツールを仕入れることができたように思う。まだモヤモヤしてて具体的に言葉で梱包できないが、相当良いもの頂いたぞ、という手応えはある。このタイミングでこういう本に出会えたこと。それは奇跡や運、といったカテゴリには分類したくない。

 本書で「自分が作り出して操るはずのキャラクターが、逆に自分を導いてくる時がある」というようなくだりがあった。いわゆるキャラが勝手に動く、という現象だと続くのだが、最近僕は、自分自身に導かれていると思うことがよくある。昨日書いた、すっと1本短編を書けてしまった、ということもそうだし、このブログの挨拶文で書いた、迷ったけど今の仕事を辞めるのを辞めたというのもそうだ。確かにそれは自分で考えて決めたことなのだが、どうもここ最近は、自分の中の自分が調子が良い。ぐいぐい僕を引っ張っていく。自分と自分の乖離具合が激しくて、彼に黙って従えばとりあえずなんだかうまくいく、という感じで、自分で考えて結論を出しているように思えない。

 物を書いている時もそうで、僕の中にいる違う僕に言いたいように言わせている、それを黙ってそれを書き写す方が間違いがない。この前短編を書き切ったのも彼の手柄だ。僕自身は余計な口を挟まないほうがいいんだ。そんな風な思いが、日々強くなっている。僕はこれからどこに行ってしまうんだろう?