オムニヴォア

書くために読んだもの。読むために書いたもの。2016.10.2より。読書の記録を中心に、日々の潜考の記録。いつか自分の本を1冊でも出すのが夢です。オムニヴォア(Omnivore = 1.雑食(性)動物 2.知識欲旺盛な人)

僕の夢はいつか1冊本を出すこと もういっちょぶっちゃけよう このブログを、何より僕自身のものにするために

ココ
※本記事と全く関係ありません。ただの我が家の愛犬です。日本スピッツ9歳 メス。名前は「ココ」。


 1週間前にブログを立ち上げて、まずは1本目に「1番はじめにごあいさつ的な」という記事を投稿した。 

massa-onion.hatenadiary.jp 

 

そこに書いたことは嘘ではないのだけど、どうもまだぶっちゃけが足りない気がした。もっとさらけ出してしまうべきと感じた。このブログを、何より僕自身のものにするために。


 先週、今の会社を辞めない決意をした。

 実は、先週まで転職活動をしていた。理由ははっきりしていて、今の会社では「将来」が不安だったからだ。

今の職場への不安は「将来」以外ない。どういうことか。まずそのことについて書いていく。

今の上司に「この会社で働いてみませんか?」とお誘いを受け、任せたいと説明をされた職務内容は、とても魅力的なものだった。これまでしてきた仕事の、全ての経験が活かせる。こんなに自分自身がフィットする仕事のオファーを受けたのは初めてだった。

多かれ少なかれ、仕事に対して自分を合わせることが当然なのに、この会社では、仕事の方から自分に寄せてきてくれる。天職に出会う、とはこういうことなのかもしれない。それくらいに思った。

 オファーを謹んでお受けし、1年と半年が経った。

最初に感じた通り、仕事には大変満足しているし、それなりに誇れる成果も残したし、あろうことか、人間関係にも恵まれた。同僚、上司、関係各位、皆良い人ばかりだ。

しかしたったひとつ、大きな不安があった。不満ではない。あくまで不安、と表現したい。

 正社員雇用ではないのだ。僕の身分は契約社員だ。

とはいっても、僕が勤める会社は、社会人であれば誰でも知っているであろう、とても有名な上場企業のグループ会社だ。大きくて頼りになる会社だ。名前を出せば「立派な会社にお勤めですね」と返されることが多い。

こう言ってはなんだけど、今回転職活動をする中で面接を受けた中小企業の正社員よりは年収は良い。退職金も加味すると負けるけど。

 だけど有期の雇用契約で、「時給」である。僕には妻と子供が2人いる。

2回目の契約更新の面談で、おそるおそる聞いてみた。

いますぐでなくても、いつかは正社員になれますか?

その問いに対する回答は実に厳しいものだった。

可能性はゼロではないけど、ほぼないものと考えた方が良いと思う。契約社員から正社員に登用される例がないわけではないけれど、全国で年間に10人いるかいないか。準社員という制度もあるのだけど、君が望むイメージからは遠いはず。

今は、有期雇用は最大5年間という制限ができたけど、では5年後にもっとキャリアパスが整備されているかというと、ちょっとむずかしいと思う。君が望むスピード感で整備が進む、とは無責任に言えない。


 そもそも、僕は、この会社に入るまでは自営業者だった。父親と商売をしていた。商売は順調だった時期もあれば、そうでない時期もあったが、それでも父と力を合わせてなんとかやってきた。

その父が病に倒れた。ガンで余命宣告も出された。12月だった。

悩んだ。

商売を続けるか、廃業するか。

父なしで、やっていけるだろうか。

その頃やっていた商売は、冬はほとんど仕事がなく、来春に向けて準備をするのが毎年のことだった。

 とりあえず、アルバイトでもしながら悩もうと思った。どうせ父なしでは、今すぐにはどうこうできない。遊んでいても一銭にならない。ならば、と思い、派遣社員として就業したのが、今の会社だ。

その時の働きぶりを買われて、直接雇用の話をもらった。

リスクを取って父なしで自営業を続けるか。

収入は減るが、この話を受けるか。

結果、リスクを避ける決断をした。家族を抱えて、一か八かの勝負はかけられなかった。

病床の父も、今の会社に入ることに賛成してくれた。そして「辞めるなよ、お前の歳考えたら、もう二度とこんな良い話ないからな」と。

そう言ってくれた父は、3ヶ月前、他界した。


 さて、話を戻すと、どんなにこの職場が気に入ろうとも、正社員になれる見込みはほぼないと宣告され、僕はまた悩んだ。

ひとまず、次の契約期間は3ヶ月だけにしてもらい、転職活動をしてみることにした。

想像していたよりは、良い結果だった。今より待遇面で有利な正社員雇用の内定が数社取れた。

ならば、やるべきことは一つだと思えた。


 でも、どうしても、それらの会社に転職する決断ができなかった。

仕事って、お金だけじゃない。たとえ、給料が今より良くなったとして、次の職場で今と同じくらいうまくやっていける保証はどこにもない。仕事内容が想像以上に自分に合わなかったらどうだろう。人間関係で躓いたらどうだろう。最後まで辞めずに定年まで頑張れるのか?

自分の中の半分の声は、「そんな甘いこと言ってる場合か?」と非難轟々だったんだけど、もう半分の声は「では、お前はそこまで割り切って、家族のために自分を犠牲にし続けることができるのか?」と問うてくる。


 そんな葛藤なんて関係なく、腹が立つくらい、転職活動をしている間も仕事は楽しかった。一つの案件が終わり、新しい案件の準備が始まる。日を追うごとに、信頼を勝ち取って、前よりも大きな権限を与えてもらっている。

与えてもらっている、というのは少し違う気もする。前よりも状況が見えてきて、自然と「こうしたらもっと良くなる。生産性を上げられる」というアイデアが湧き出てくる。そして、それを以前よりも周囲の人たちが聞いてくれている手応えがある。僕の発案で、より多くのことが動き出している。

間違いなく、疑いようもなく、僕はこの会社で生き生きしている。活かし活かされている実感がある。

社会人として働き始めて、もう数年で20年になる。その間、会社で働いていたこともあるし、自営業者でもあった。だから自信を持って言える。

こんなにも自分を活かしてくれる職場に出会えたことは、とても幸運なことなんだと。


 けど、僕には扶養家族がいる。なんとかしなきゃいけない「将来」がある。


 ところで僕にはもう一つ向き合うべきことがある。

 僕はかつて、物書きになりたいという夢があった。今ここで、多くは語らないけれど、10代の後半から20代は、その夢に捧げる人生だった。

そしてその夢は破れた。

諦めたつもりもなかったのだけど、結婚して子供も授かって、夢よりも優先しなければいけないことがたくさんできた。

後悔はない。家族を、現実的な手段を用いて守ってきたこと。そのことは、それはそれで僕のプライドだ。

10年以上かけて、夫として父親としての自分を作ってきたこと。決して妻に楽をさせてあげられるほどの甲斐性はないんだけど、それでも最低限、ギリギリのラインは死守できているとも思う。

そういえば、今の会社に入る時、妻に言ったことがある。「この会社に入れば、“最高の最低”は確保できると思うんだ。最低ではあるんだけど、最低の中では最高だと思う」

自営業を続けて、もし順調に商売を育てることができれば、それなりの収入を確保できるだろう。でも失敗すれば何もなくなる。会社に入れば、収入はがくんと減るけど、その代わり商売を続けるよりかは、はるかに家計は安定する。だからこれは“最高の最低”だ、と。


 もし、神様がいたとして。

本当の“最高”を得るための手段は転職、ではないのではないか?

そう問われているのかもしれない。


 僕は自分を活かしてくれる、今の職場を捨てることができなかった。

それでも、この仕事を続けていれば、なんとか家族を養っていくくらいのお金は得られる。

でも本当は、もっと妻を楽にさせてあげたいし、子どもたちに良い教育環境も準備したい。

それには、お金が足りない。

一方で、お金が足りても、僕自身がそれ以外の部分で全く幸せでなかったら? 

本当に、望む未来がそこに拓けるだろうか。


 この現状を打開するために、ひとつ、途方もない、現実味のない方法を、僕は思いついている。

それは20年前から思いついている人生だ。

自分は、決して優れた人間ではない。

間違ったことの方が多かった。

それでも、家族のために我慢して、折り合いをつけて、僕は父親になった。

彼らを愛しているから。

夢と同じくらい、それは大切なものだから。


 でも、それでも変わらない、変えることのできない、わがままがあって。

やりたいことがあって。

本当に、もう二度と、そんなわがままを振り返るまいと決心したことだってある。


 書くべき“物語のような何か”は、すでにある。何年も前から、イメージだけはあった。それは息子たちに残さなければいけない“何か”で、死ぬまでには形にしようとしていたものだ。

何度か書いてみようと試みたけど、失敗していた。

小説にしようとしてみた。かつては、がむしゃらに物語を書いてきた。小説ではなく戯曲だったけど。

困ったことに、人間としては成長したつもりだけど、書いて形になるものは、あの頃とあまり変わらない。それが見えてくると途端に醒めてしまう。

まして、あの頃のように、僕の書くものを待っていてくれる人もいない。モチベーションを維持できないまま、書く手が止まってしまう。

この10年で何度かそういう、書いては途中でやめてしまう、を繰り返した。


 今日、ふと「書いてしまった夢は、いつか必ず叶う」という内容の文章を読んだ。

実のところ、今日この記事を、一晩寝かせるプロセスもあえてぶっちぎって公開するのも、その文章に感化されただけのことだ。

さあ、書いてしまおう。


僕は、いつか1冊本を出したい


それが夢だ。


 一生やっていけるプロの作家になんてなれなくてもいい。

ただ1本、ずっと胸の中に抱えている、世に出したい“物語のような何か”を、本にできればいい。形式にもこだわらない。小説なのかもしれない。戯曲なのかもしれない。今、想像もしていないカタチになるかもしれない。

ただわかるのは、僕のような大した事ない間違いだらけの人間でも、これだけは、世の中に放流すべき価値がある、という確信だ。

生きているうちに、たったひとつでも。

その先があるのかもしれないけど、まず生きているうちに、この仕事をやりとげなければいけない。


 いつか1冊本を出したい・出すために、僕はこのブログを始めた。